Top  > 古今和歌集の部屋  > 本居宣長「遠鏡」篇  > 巻十 物名

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422   
  心から  花のしづくに  そほちつつ  うくひすとのみ  鳥の鳴くらむ
遠鏡
  オノガ心カラスキデ花ノ雫ニヌレナガラ  ツライコトヂヤ  乾カヌト云テ鶯ノヒタスラアノヤウニナクノハ  ドウ云コトヤラ

423   
  くべきほど  時すぎぬれや  待ちわびて  鳴くなる声の  人をとよむる
遠鏡
  郭公ガ待ツ妻ノ来ベキ  ジセツガ過テコヌカシテ  マチカネテナクアノ声ガ人ヲビツクリサセル
時鳥のうへの恋の歌也。余材わろし。打聞よろし但し結句の説はわろし。

余材
  すきぬれやは過ぬれはにや也とよむるはとよましむる也時鳥のくへきほとの時過ぬれはにやたれ/\も待ちわひて後に鳴声の人をとよましむると也

打聴
  此歌はよくも説えぬが多し或人来べきほど時過ぬればにや誰々も待わびて後に鳴音の人をとよましむるといへり是に従ふべきにや猶思ふに時鳥の妻などの彼が待ほど時も過ぬればにや打わびて鳴ねの聞人をとよましむると意得べき也是もかの鳥がうへをよむに名をかくしてよめれば上四句は必彼がうへにて説べくおぼゆ此人をとよましむるは彼が鳴音をめづるにつけて人のいひさわぎ思ひさわぐをいふ也

424   
  浪の打つ  瀬見れば玉ぞ  乱れける  拾はば袖に  はかなからむや
遠鏡
  浪ノウツ川ノ瀬ヲ見レバ  水玉ガ  トントマコトノ玉ガサチルヤウナワイ  アノ玉ヲヒロウタナラ  ホンノ玉デハナイホドニ  袖ヘ入レウトシタナラ  ヂキニ消ルデアラウカ
余材わろし

余材
  これは物によせて忠岑かよき歌のおほきを誉むる心なるへしはかなからんやははかなからすして袖に玉のみちるといふ心也

425   
  袂より  はなれて玉を  つつまめや  これなむそれと  うつせ見むかし
遠鏡
  貴様ハ袖ヘ入レウトシタナラヂキニキエルデアラウガト云ハシヤルガ  デモ袖ヲオイテ外ニ玉ヲツヽマウ物ハナイハサテ  スレヤ貴様ノ袖ヘツヽンデコレガサソレデゴザルト云テ  ワシガ袖ヘウツサツシヤレ  ワシモミヤウワサ
打聞よろし。余材わろし

余材
  これなんそれととはこれなん玉といふ心也これは滋春か歌の才をほめて君かたもとより外にはなれて玉をつゝむものあらんやたゝこれなん玉と打瀬見んとなるへし

打聴
  玉とみれど袖に拾ひ入ばはかなからんやと云を難じて玉とみて拾はんには袖をおきて外の物につゝむ物あらばや先そこの袖につゝみて是ぞかくの如しと我袂にとりうつせかしそれをみて後いかにともこたへん物ぞと云也玉にうつすといふ古ことの有てぞこゝも云けるなるべし

426   
  あなうめに  つねなるべくも  見えぬかな  恋しかるべき  香は匂ひつつ
遠鏡
  梅花ハヤレ/\ウイ物ヤ  マモナウ散テシマイサウデ  目ニ常住見ラレサウニモ見エヌコトカナ  ソノクセアトデ恋シガリサウナ香ハヨウニホウテサ

427   
  かづけども  浪のなかには  さぐられで  風吹くごとに  浮き沈む玉
遠鏡
  海ニ浪ガ立テ水玉ノチツテキエルノハ  玉ノヤウナガ  ソレデホンノ玉ヂヤト思ウテ  其ノ海ノ底ヘハイツテ取ウトスレドモ  浪ノ中デハ  ドウモ手ニアタライデトラレヌ  ソシテ風ノフク度ニ  テウド底ニアル玉ガウイテハシヅミ  ウイテハシヅミスルヤウニ見エル

428   
  今いくか  春しなければ  うぐひすも  ものはながめて  思ふべらなり
遠鏡
  モウ春ノアヒダハナニホドモナケレバ  ソレヲ残リ多ウ思フテ  人ト同ジヤウニ鶯モシンキサウナカホシテ  物思イスルヤウナサウ見エル

429   
  あふからも  ものはなほこそ  かなしけれ  別れむことを  かねて思へば
遠鏡
  逢フタラウレシイハズヂヤニ  逢ヒナガラモヤツハリソレデモサ  カナシイワイ  アヘバマダ別レヌサキカラハヤ  別レルコトヲ思ウニヨツテサ

430   
  あしひきの  山たちはなれ  行く雲の  宿りさだめぬ  世にこそありけれ
遠鏡
  山カラ立テハナレテイク雲ノトマリドコロノ定マラヌヤウナモノデトント行ク末ノサ  ドウナラウヤラシレヌ世ノ中ヂヤワイノ

431   
  み吉野の  吉野の滝に  浮かびいづる  泡をかたまの  消ゆと見つらむ
遠鏡
  打聞をがたまの木の説うけがたし
吉野ノ滝ヘウキデル水ノ沫ヲ  人ハ  玉ガ出テキエルト見ルデアラウガ

打聴
  是は岡玉の木也是を楢の木ともいひてつるばみといふ子[ミ]の生る木也其子又玉がしはとも云也いにしへは玉を宝としてたふとめるより草木の子にも円[マロ]きは緒にぬきて身にも帯たる故にかゝる子有をば玉の木といへりさてまことの玉ならぬ由にて岡玉野真玉[ヲカダマヌバタマ]などはいへる也或物に引たる歌玉がしはをか玉の木のかゞみ葉に神のひもろぎそなへつるかなてふは後の歌ざまにあらず是に玉柏をか玉の木といひかゞみ葉と云台記其外の古記の響膳に柏葉の事を鏡葉と書殊に神に奉る御贄[ミニエ]には柏葉を敷てもり御酒をも柏葉にて飲事古代の常也今も伊勢の御祭にはしかする由也かゝれば此歌こそはたしかなるより所なれ其故に此物の名の次第も上に橘といひ岡玉の木山柿の木とならべあげたるには何の疑ひかあらむ...

432   
  秋はきぬ  いまやまがきの  きりぎりす  夜な夜な鳴かむ  風の寒さに
遠鏡
  (横井千秋云。山柿は。ちひさくむらがりてなる柿にて。世に信濃柿とも。吉野柿ともいふ。又材[き]に黒柿といふも是也)
秋ガキタコレデハ風ノ寒サニ  マガキノキリ/゛\スガ  モウオツヽケヨナ/\ナクデガナアラウ

433   
  かくばかり  あふ日のまれに  なる人を  いかがつらしと  思はざるべき
遠鏡
  コレホドニ逢事ガマレニナツタ人ヲ  ドウシテツライト思ハズニ居ラレウゾ  ツラウ思ハイデハ

434   
  人目ゆゑ  のちにあふ日の  はるけくは  我がつらきにや  思ひなされむ
遠鏡
  人目ヲツヽムユヱニ  コレカラ後ニモシ逢フコトガ遠ウナツタナラ  ソノワケハシラズニ  コチガツライノニナルデガナアラウ

435   
  散りぬれば  のちはあくたに  なる花を  思ひ知らずも  惑ふてふかな
遠鏡
  花ハチツテシマヘバ  後ニハ芥ニナツテ  ナンデモナイ物ヂヤニ  ソレヲエガテンセズニ  アハウナ  サテモマア花ニマヨウコトカナ

436   
  我はけさ  うひにぞ見つる  花の色を  あだなるものと  言ふべかりけり
遠鏡
  オレハ花ト云物ヲ今朝始メテサ見タガ  花ヲバ世間ノ人ガアダナ物ヂヤト云ヂヤガ  ナルホド見レバ  アダナモノト云ベキ色ヂヤワイノ
打聞よろし

打聴
  我は今朝初[ウヒ]にぞ花の色をみつるがげにうつろひやすくあだなる物と云べかりけりといへり是は花といふ物をはじめて見たる心によめりいせ物語に人はこれをや恋といふらんとよめる其返しに何をかも恋とはいふとゝひし我しもなどよめる歌にはかくもいひなす事なりうひははじめなる事を云

437   
  白露を  玉にぬくとや  ささがにの  花にも葉にも  いとをみなへし
遠鏡
  露ヲ玉ニシテツナグトテヤラ  蜘ガ女郎花ノ花ヘモ葉ヘモミナ糸ヲ引テカケタ

438   
  朝露を  わけそほちつつ  花見むと  今ぞ野山を  みなへしりぬる
遠鏡
  女郎花ヲ見ヤウト思フテ  朝露ヲ分テヌレ/\アルイテ  今日サ野ヤ山ヲドコモカシコモミナトホツテ知ツタ

439   
  をぐら山  峰たちならし  鳴く鹿の  へにけむ秋を  知る人ぞなき
遠鏡
  小倉山ノ峯ノアタリヲアチコチアルイテ鳴ク鹿ノ  コレマデ経テキタ秋ノ数ヲサ  何ン年ヂヤカシル人ハナイ

440   
  秋ちかう  野はなりにけり  白露の  おける草葉も  色かはりゆく
遠鏡
  野ノケシキヲ見レバ  冬ガレノ物ガナシイ時節ガ近ウナツタワイ  露ノオイタ草葉モ色ガカハツテキタ
秋とは物がなしき時節をいへり。さる例秋の部にも。「秋はきぬ紅葉はやどに云々などあり。考へ合すべし。

441   
  ふりはへて  いざふるさとの  花見むと  こしを匂ひぞ  うつろひにける
遠鏡
  ドレヤ昔ノ在所ノ花ヲイテ見ヤウゾト思ウテ  ワザ/\キタモノヲ  モウサ色ガカハツタワイ

442   
  ゆく年の  我が宿の  花ふみしだく  とりうたむ  野はなければや  ここにしもくる
遠鏡
  コチノ庭ノ大事ノ花ヲフミアラス  アノ鳥ヲオウテヤラウ  住ム野ガナイカシテ  トカクコヽヘ来オル
しだくは。しのぐと本と同言なり。

443   
  ありと見て  たのむぞかたき  空蝉の  世をばなしとや  思ひなしてむ
遠鏡
  をばなは尾花なり。打聞の説わろし萬葉の歌の見あやまりなり。
惣ジテ世中ノ事ハナンデモ  有ルモノヂヤト思ウテ  頼ミニシテモ  頼ミニハサナリガタイ  スレヤ世ノ中ノ事ヲバ  皆無イモノヂヤト  レウケンヲツケルガ  ヨカラウカイ

打聴
  是を万葉に尾花とも書るによりて獣[ケモノ]の尾の如き穂ある故に云と誰もおもへり然るに万葉に家持卿のよめる秋の野に今こそゆかめものゝふのをとこををみなの花にほふみにと云はを花を男花とし女郎花ををみな花とせし意とおぼゆ凡草木にも男女有尾花は有が中に長[タケ]だちて葉などの男々しげなる故に男花と云べくをみなへしのなよびたるは女花とすべし是によれば尾と書は借字にて男花なるべし

444   
  うちつけに  こしとや花の  色を見む  置く白露の  染むるばかりを
遠鏡
  花ヲ見テサツキヤクニ濃イ色ヂヤト見ヤウモノカ  アレハ花ノ色ノコイノデハナイ  オイタ露デヌレテ  ソレデアノトホリニ  濃ウ見エルバカリヂヤモノヲ

445   
  花の木に  あらざらめども  咲きにけり  ふりにしこの身  なる時もがな
遠鏡
  此ケヅリ花ヲ見マスレバ  花ノ咲ベキ木デモアルマイケレドモ  花ガサキマシタワイ  致セバナルマジイ木ヘモ木実ノナルヤウニ  年ヨリマシタ私ガ此ノ身モドウゾ立身イタス時節モアレカシト願ヒマスル儀デゴザリマス
余材。四の句の初の説いとわろし。

余材
  ...ふりにしこのみとは是に二つの心侍るへし論語に先進の礼楽は野也と云り野は質なれはたとへは木の実のことし世の末にいたれは文花ののみうるはしくて質の実すくなけれはけつり花によせて文質相兼むことをねかふか又述懐にて此身を菓によせてなり出るを実のなるによせて花の木にあらねとかくさけはわかふりにしこの身もなり出る時もかなとよめるか

446   
  山高み  つねに嵐の  吹く里は  匂ひもあへず  花ぞ散りける
遠鏡
  近所ナ山ガ高サニ  ジヤウヂウ  嵐ノフク里ハ花ハサ  咲テアルマモナシニツイ散テシマウワイ
打聞。四の句の説わろし。

打聴
  あへずは堪ず也薫りも皆嵐に吹やられてにほふともなく花の散ぬると也ニ三の句にかくせり

447   
  郭公  峰の雲にや  まじりにし  ありとは聞けど  見るよしもなき
遠鏡
  時鳥ハ峯ノ雲ノ中ヘトンデイタカシラヌ  アソコラデ鳴クトハ聞エルケレド  ドウモ形ハ見ヤウヤウガナイ

448   
  空蝉の  殻は木ごとに  とどむれど  魂のゆくへを  見ぬぞかなしき
遠鏡
  (千秋云。清暑堂の御神楽の時に。人長かれたる荻の枝を持つことあり。これを枯荻[からをぎ]といふよし。体源抄などに見え。又いとしろく枯たるをぎをたかやかにかざしなど源氏物語にも見えたり。さればこれはもと。からをぎとありて。歌もニの句。からを木の毎にとありけんを。題の荻を萩にあやまりて。歌のてにをはをも。それによりて改めつるものにはあらじや。)
蝉ノカラヲバ  ヌギステヽドノ木ニモトメテオイテ  其身ハドコヘカ飛ンデイヌルカ  此ノ人間モテウドソンナモノデ  人ゴトニ死ヌレバミナカラダヲバ棺ノ中ヘトメテオケドモ  カンジンノ魂シヒハ  ドコヘトンデイヌルヤラ  ユクヘガシレヌヤウニ  ナツテシマウノハサ  カナシイコトヂヤ
打聞よろし

打聴
  蝉の殻は木に残して身は蛻[モヌケ]しいづちともなく飛去れるをたとへて人の屍[カラ]は棺[キ]の内にあれど魂はゆく方しらずなれるをいへり上に何をか魂の来ても見んとよめるに似たり人の体[カラ]を入るを棺[キ]といひそれを納めし塚を奥槨[オキツキ]といひそれを乗る車を棺[キ]車といへりよりて体[カラ]は棺[キ]ごとにとよせていへり

449   
  うばたまの  夢になにかは  なぐさまむ  うつつにだにも  あかぬ心を
遠鏡
  逢ヒタイト思フ人ハ夢ニテモ見レバ心ガヰルト云コトナレドモ  夢ニ見タバカリデドウシテ心ガヰヤウゾ  シヤウジンニ逢テサヘマダタラヌヤウニ思ウ心ヂヤモノヲ

450   
  花の色は  ただひとさかり  濃けれども  返す返すぞ  露は染めける
遠鏡
  花ノ色ノ濃イノハ  タツタ一サカリデ  ワヅカノ間バカリナレドモ  ソレヲ露ハ  毎朝毎晩ナンベンモ/\サソメルワイ  タツタ一サカリナモノヲ  ソノヤウニ染ズトモヨイコトヲ

451   
  命とて  露をたのむに  かたければ  ものわびしらに  鳴く野辺の虫
遠鏡
  にがたけは次なるかはたけとゝもにくさびらの名なりうつほ物語にみゆ
(千秋云。にがたけは。苦茸。かはたけは。革茸なり。)
野ヘンノ虫ハ  露ヲ命ヂヤト思ウテ頼ミニスレドモ  頼ミニナリニクイ  ハカナイモノヂヤニヨツテ  難儀ニ思ウテカナシサウニ鳴ク

452   
  小夜ふけて  なかばたけゆく  久方の  月吹きかへせ  秋の山風
遠鏡
  夜ガフケテモウ半分ホドモタケテイクアノ月ヲ東ノ方ヘ吹カヘセ秋ノ山ノ風ヨ

453   
  煙たち  もゆとも見えぬ  草の葉を  誰かわらびと  名づけそめけむ
遠鏡
  ワラ火ナラバ  煙リモ立ツテモエルハズヂヤニ  煙モタヽズニモエルトモ見エヌ草ノ葉ヂヤモノヲ  誰カワラ火ト云  名ヲツケソメタコトヤラ
(千秋云。この歌は。物名のよみざまにあらざれば。此の部に入べきにあらず。)

454   
  いささめに  時まつまにぞ  日はへぬる  心ばせをば  人に見えつつ
遠鏡
  近イウチニ逢イマセウトタガヒニ約束ヲシテオイテ  其日マデハツイワヅカノ間ダノコトニ思ウテ待ツアヒダニサ  大分日数ガタツタワイ  コレデハトウアラウカ  逢ウコトハ心モトナイモノヂヤ  逢ハウト云ワシガ心アヒヲバ人ニ  見ラレテマア  ヱヽコンナコトナラ約束セネバ  ヨカツタニ

455   
  あぢきなし  なげきなつめそ  うきことに  あひくる身をば  捨てぬものから
遠鏡
  イロ/\サマ/゛\ノウイコトニアフテ来タ此ノ身ヲエステモセズニ居ナガラ  ソノウイ事ノカズ/\ヲトリアツメテナゲカウコトデハナイ  アヽムヤクナコトヂヤ

456   
  浪の音の  今朝からことに  聞こゆるは  春のしらべや  あらたまるらむ
遠鏡
  アノ浪ノ音ノケサカラカハツテ聞エルノハ  此ノ唐琴ノ調子モケサカラハ  春ノ調子ニナツテ  キノフマデトハ改マツタカシラヌ

457   
  かぢにあたる  浪のしづくを  春なれば  いかが咲き散る  花と見ざらむ
遠鏡
  舟ノカヂヘアタツタ浪ノクダケテチル雫ガ  今ハ春ナレバ花ガチルト思ハレル  トント花ヂヤ  アレヲドウシテ花ト見ヌモノガアラウゾ
花のさきちるといふは。たゞちること也。例みなしかり。打聞わろし。

打聴
  浪はさく花しづくはちる花と見なせり

458   
  かの方に  いつから先に  わたりけむ  浪ぢはあとも  残らざりけり
遠鏡
  見レバアレアノ辛崎ニ  人ガ立テヰルガ  アソコヘハ今マデニ何時渡ツテ  イツカラアヽシテ居ルコトヤラ  今マデ渡ツタナラ  其アトガアリソナ物ナレドモ  浪ノ道ナレバ渡ツタ跡モノコツテハナイワイ

459   
  浪の花  沖から咲きて  散りくめり  水の春とは  風やなるらむ
遠鏡
  浪ノ打ヨセテクルノハ  テウド花ノチツテクルヤウニ見エルガ  此ノヤウニ打ヨセテ磯ヘチツテクル浪ノ花ハ  アノ沖ヘサイタ花ガ  沖ノ方カラチツテ来ル様子ヂヤ  サテ花ヲサカスノハ春ノコト也  浪ノヨセテクルノハ風ユヱ也  スレヤ水ノタメニハ  風ガ春ニナリカハツテ  アノヤウニ花ヲサカスカシラヌ
打聞説上句にかなはず

打聴
  風吹て立波は花と見ゆるが此花はいつの時よりさきそめて今散くるぞや思ふに水の春とは風のなりてかく花の咲散らんといへり水の春てふ詞秋の歌にもみぢばの流ざりせば龍田川水の秋をば誰かしらましとよめるに同じ

460   
  うばたまの  我が黒髪や  かはるらむ  鏡のかげに  降れる白雪
遠鏡
  オレガ黒イ髪ガ色ガカハツテ  シラガニナツタカシラヌ  鏡ヘウツヽタ影ヲ見レバ  ツムリヘマツ白ニ雪ガフツタ

461   
  あしひきの  山辺にをれば  白雲の  いかにせよとか  晴るる時なき
遠鏡
  山里ニ住ンデ居レバ  ジヤウヂウ雲ノハレルトキモナイ  サウナウテサヘ気ノツマツタ山ノ中ヂヤニ  何ントセイト云フコトデ此ノヤウニ雲サヘ晴ルトキモナイコトゾ

462   
  夏草の  上はしげれる  沼水の  行く方のなき  我が心かな
遠鏡
  拙者ガ身ハテウド  ウヘニハ夏ノ草ガ一ツハイハエシゲツテ  アルヤラトナイヤラシレヌ沼水ノヤウナモノデ  世間ノ人ニモシラレヌ立身モエセネバ  テウド又ソノ沼水ノ流レテ行ク所ノナイヤウニ  サテサテ心ノユカヌコトカナ  オモシロウナイコトカナ

463   
  秋くれば  月の桂の  実やはなる  光を花と  散らすばかりを
遠鏡
  ソウタイノ木ハ秋ハ実ガナルモノヂヤガ  月ノ中ナ桂ハ  秋ガキタトテ実ガナルカ  実ハナリハセヌカ  タヾ秋ハ常ヨリサヤカナ光ヲ花ノヤウニ思ウチラスバカリノコトヂヤモノヲ  ソレニ世間デ秋ノ月ヲバカクベツニ賞翫スルハドウ云コトゾイ

464   
  花ごとに  あかず散らしし  風なれば  いくそばく我が  憂しとかは思ふ
遠鏡
  花ト云花ヲバドレモカレモミナ  残リ多イニチラシテシマウヤツナレバ風ヲバオレハドレホドフソクニ思ウゾ  タイテイ不足ニ思ウコトデハナイ

465   
  春霞  なかしかよひぢ  なかりせば  秋くる雁は  かへらざらまし
遠鏡
  春ノ霞ノベツタリトフサガツテアル中ニ通ツテイク道ガナイナラバ  秋キタ雁ガ春カヘリハスマイニ  霞ノ中ニモ道ガアルデ春ハカヘルデアラウ

466   
  流れいづる  方だに見えぬ  涙川  おきひむ時や  底は知られむ
遠鏡
  流レテ出ル源サヘドチヂヤカシレヌ涙川ナレバ  マシテ底ノ深サハイカホドアルカシレヌガ  モシ沖ノ深イ所マデ  水ノ干ル時ガアツタナラ  底ノ深サモ見エルデアラウガ

467   
  のちまきの  おくれておふる  苗なれど  あだにはならぬ  たのみとぞ聞く
遠鏡
  後蒔ノオクレテハエタ苗デモ  ムダニナツテシマイハセズニ  秋ハヤツハリ実ノツテ頼ミノアル田ノ稲ヂヤトサ  聞及ンデ居ル  スレヤ学問デモナンデモオソガケヂヤト云テ為マイヤウハナイゾヤ
打聞四の句の注。俗意なり。

打聴
  初の句にかくせりさて種をおそく蒔と云のみにもあらず是は種の生[ハヘ]ぞこなへる所には二度蒔を云なるべしと或人いへり其は後れて生る事本より也其もあだにおろそかにはなしがたき田の子[ミ]とぞいふをきけると也さておそく物をはじむるもつひにはほど/\の事はなるものそと教ふる意成べし

468   
  花の中  目にあくやとて  わけゆけば  心ぞともに  散りぬべらなる
遠鏡
  ゾンブン目ニ見飽カト思ウテ  花ノタント咲テアル中ヲ分テイケバ花ニ目ガ移ツテ  コチノ心ガサ  花トイツシヨニ  アチコチト  チツテイクヤウナ心モチガスル

( 2004/02/24 )   
 
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