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       からことといふ所にて春の立ちける日よめる 安倍清行  
456   
   浪の音の  今朝からことに  聞こゆるは  春のしらべや  あらたまるらむ
          
     
  • あらたまる ・・・ 新しく始まる
  詞書にある 「からこと」とは、今の岡山県倉敷市児島唐琴町で、 921番真静法師の歌にも詠まれている。安倍清行の生年は 825年。十二歳で文章生(もんじょうしょう)となっている。菅原道真が文章生になったのが 十八歳(862年)であることを思えば、清行がかなり優秀であったことがわかる。 895年従四位上、900年没。古今和歌集にはもう一首、小野小町に贈った556番の歌が採られており、その詞書にも真静法師の名が出ている。

  また、清行の娘とされる讃岐(さぬき)も次の歌が雑体の中の誹諧歌に採られている。

 
1055   
   ねぎことを  さのみ聞きけむ  やしろこそ  はてはなげきの  もりとなるらめ
     
        題の「からこと」は 「けさカラコトに」という部分に含まれている。 "今朝からことに" の 「ことに」は、頭から読んでいくと 「殊に(=特に)」という意味であるような気がするが、浪の音が特に聞こえるようになって春を感じる、というのでは何のことかわからないので、一般にはこれを 「異に(=違って)」と解釈する。同じ意味で 「ことに」を使った歌としては、秋歌下に読人知らずの次の歌がある。

 
259   
   秋の露  色いろ ことに   置けばこそ  山の木の葉の  ちぐさなるらめ
     
        もちろん 「殊に」という意味で使われる場合もあって、次の忠岑の歌などがその例である。

 
214   
   山里は  秋こそ ことに   わびしけれ  鹿の鳴く音に  目を覚ましつつ
     
        よってこの清行の歌の意味は、浪の音が今朝から違って聞こえるのは、春の調べが新しく始まったのだろうか、ということ。五行では 「春」の調べは 「双調(そうぢょう)」と言われ、Gの音を基音にしたものとされる。 「唐琴」という地名から、浪の音を楽器の音色に見立た歌である。古今和歌集の配列としては、この歌から物名の地名シリーズが始まる。

 
( 2001/09/06 )   
(改 2004/03/14 )   
 
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