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       かにはざくら 紀貫之  
427   
   かづけども  浪のなかには  さぐられで  風吹くごとに  浮き沈む玉
          
     
  • かづけども ・・・ 潜っても (潜く)
  「なみのな
カニハ サグラれで」に 「かにはざくら」を入れている。歌の意味は、潜っても浪の中では手探りで取ることもできない、風が吹くごとに浮き沈む玉は、ということ。物名の歌であることを差し引いても何を言いたいのかよくわからない歌である。

  「かにはざくら」とは山桜の一種のカバザクラ(蒲桜)のことであると言われている。 918年頃に作られた 「本草和名」という本草書(草をメインとした薬の本)に、次のような記述があると、
「古今和歌集全評釈(中)」 (1998 片桐洋一  講談社 ISBN4-06-205980-0) に書かれている。

     桜桃、一名、朱桜。 和名、波々加乃美。一名、加爾波佐久良乃美
    (桜桃。別名、朱桜。 日本名は 「ははかの実」または 「かにはさくらの実」)

  「本草和名」では薬用としてその実のことを言っているのだが、歌にある "玉" も、同じ球体である実からの発想とも考えられる。 「波々加」の中には 「波」の文字が重なることから、題に即して考えると、かには桜は 「波々加」とも言うが、その実を求めるのに 「波」の中に潜っても見つけることはできない。なぜならそれは、空中にあって、風が吹くごとに浮き沈む玉なのだから、と言っているようにも思える。 とすると同じ貫之の 「水なき空に 浪ぞたちける」という 89番の歌も思い出される。

  この歌の 「玉」を水の水滴と解釈する説もあるが、古今和歌集の配列から言えば、424番425番の 「うつせみ」関係で見せた 「玉」とこの歌の 「玉」を連続しないように次の読人知らずの 「梅」の歌で一旦切っているとも考えられなくもない。

 
426   
   あな うめ に  つねなるべくも  見えぬかな  恋しかるべき  香は匂ひつつ
     
        それと同時にその 「梅」の歌で物名の植物シリーズがはじまるわけだが、その中でも 「玉」は再び出現する。

 
431   
   み吉野の  吉野の滝に  浮かびいづる  泡 をかたまの    消 ゆと見つらむ
     
        これは友則の 「をがたまの木」の歌の中だが、その後も同じ友則の 「女郎花」の歌を経て、枕詞としての 「うばたま」へと続いてゆく。まさに "風吹くごとに  浮き沈む玉" のような感じである。

  また、"風吹くごとに" という言葉は、恋歌二にある同じ貫之の 589番の歌でも「風吹くごとに 物思ひぞつく」と使われている。 「風吹く」という言葉を使った歌の一覧については 671番の歌のページを参照。

 
( 2001/06/20 )   
(改 2004/01/14 )   
 
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