Top  > 古今和歌集の部屋  > 本居宣長「遠鏡」篇  > 巻七 賀歌

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343   
  我が君は  千代に八千代に  さざれ石の  巌となりて  苔のむすまで
遠鏡
  コマカイ石ガ  大キナ岩ホニナツテ苔ノハエルマデ  千年モ万年モ御繁昌デオイデナサレコチノ君ハ

344   
  わたつみの  浜の真砂を  かぞへつつ  君が千歳の  あり数にせむ
遠鏡
  海ノ浜ノ砂ノ数ヲダン/\ニカゾヘテ君ノ御長寿ノ御年ノ数取リニセウ

345   
  しほの山  さしでの磯に  住む千鳥  君が御代をば  八千代とぞ鳴く
遠鏡
  シホノ山ノサシデノ磯ニ住デヰル千鳥ノ鳴クヲキケバ君ノ御代ヲバヤチヨ/\トサ鳴キマス

346   
  我がよはひ  君が八千代に  とりそへて  とどめおきては  思ひ出にせよ
遠鏡
  ワレラガ此ノ長命ナヨハヒヲ  ソコモトヘ進ゼウホドニコレカラソコモトノ八千世ノヨハヒノ上ヘ  此ワレラガ齢モトリソヘテ  ソコモトニトヾメオカレタラバ  後ニ思ヒダシグサニシテ  我ラガコトヲ思ヒダサツシヤレ
打聞よろし余材わろし

余材
  今按これは君より臣下に賀を給ふ時我をいはひ給ふによりて我よはひ久しかるへし同しくは此久しき齢を君かもとよりの八千世の上に取そへてとめ置て我思ひ出にせんとよめるかせよはみつから下知する也後鳥羽院の俊成卿に九十賀給ひける時
  此杖はわかにはあらす我君の 八百萬代の道のためなり
と俊成のよみ給へるに合て心得へし

打聴
  是は上を祝ふにも上よりいはゝるゝにもあらず同しほどにて老たる人の又の人の老ていはふ時によみたるにて我年を譲らんからに千とせ後の思ひ出にせよと也思ひ出は故[モト]有し事を思出し種[クサ]にする事也

347   
  かくしつつ  とにもかくにも  ながらへて  君が八千代に  あふよしもがな
遠鏡
  朕モドウシテナリトモ共ニ長命デ居テ  此ノ度ノトホリニ  又イク度モ/\賀ヲイハフテ進ジテ  ソコノ八千歳ノ賀ニドウゾ逢ウヤウニシタイコトカナ

348   
  ちはやぶる  神や切りけむ  つくからに  千歳の坂も  越えぬべらなり
遠鏡
  御をばは御祖母なるべしおの仮字を書べき也
此ノ杖ハ一トホリノ物トハ見エヌ  大カタ神ノ御キリナサレタ杖デアラウ  然レバ此ノ杖ヲツクカラシテハ  千年ノ坂マデモ  心ヤスウ越ラルヽデアラウト思ハルヽ

349   
  桜花  散りかひくもれ  老いらくの  来むと言ふなる  道まがふがに
遠鏡
  四十ニ御ナリナサレタレバ  初老ト申シテコレカラ老ガコウト云ヂヤガ  ドウゾコヌヤウニシタイモノナレバ  ソノ老メガ来ル道ヲフミマヨフヤウニ其ノ用意ニ  桜花ヨタントチリアウテソコラガ  闇ウ曇ルヤウニセイ  ソシタラソレデ道ガクラウテ来ル老ガフミマヨウテ来マイホドニ
がには。万葉に多き詞也。疑ひのにはあらず。

350   
  亀の尾の  山の岩根を  とめておつる  滝の白玉  千代の数かも
遠鏡
  此をばも。御祖母にて。おばなるべし。
コノ大井ノ近所ナ亀ノヲノ山ノ岩ノネニソウテオチル滝ノ白玉ノ多イ数ハ御寿命ノ千年ノ数カヤレ  山ノ名サヘメデタイ亀山ナレヤ

351   
  いたづらに  すぐす月日は  思ほえで  花見てくらす  春ぞ少なき
遠鏡
  ナントモナシニタヾ過テイク月日ハ  多イヤラスクナイヤラ  何ントモ思ハズニウカ/\トシテクラスガ  此ノヤウニ面白イ花ヲ見テクラス春ハサ  キツウ日数ガスクナウ思ハルヽ
余材に。春のすくなきにおどろきて。思ヘば過にし月日は多かりけりと。はじめておぼゆる意なるべし。といへるはかなはず。

余材
  ...顕注に此歌に付て両様有一には第三句はおもほえてとよむへし其心は常に過る月日はおほかるやうにおほゆれと花見る春の心は月日のすくなきやうにおほゆといへり一にはいたつらに過る月日は何ともおほえさるに花見る春はすくなきやうにおほゆとよめるは甚深なる儀なり但あまりにや後の人の心にまかすへし...又両義の中には後の説然るへしこと書によりて何となき歌の賀に入ことも下の泉の大将四十の賀の屏風の歌等例あれとこれは素性か仙宮に菊をわけているかたを露のまにいつかちとせをとよめる心にていたつらに過る月日はおほえすして花見て暮す春のすくなきにおとろきて思へは過にし月日はおほかりけるとはしめておほゆる心なるへし但或注に中の五文字すみていふ人もあり当流にはにこるへしとそ...

352   
  春くれば  宿にまづ咲く  梅の花  君が千歳の  かざしとぞ見る
遠鏡
  春ガクレバ此ノ御庭ヘマヅ一バンニサク梅ノ花ヲ  君ガ千年マデノ春ノ御カザシヂヤトサ存ジマスル

353   
  いにしへに  ありきあらずは  知らねども  千歳のためし  君にはじめむ
遠鏡
  千年モイキタ人ハ  昔モアツタカナカツタカハシラヌケレドモ  タトヒ今マデニハサウ云人ハナイニモセヨ  千年イキルタメシヲ君カラ御始メナサルデアラウ

354   
  ふして思ひ  おきて数ふる  万代は  神ぞ知るらむ  我が君のため
遠鏡
  吾君ノ御年ノ数ヲドウゾ万年マデモト  寝テモオキテモ願ヒマスルコトハ  人ノ力ニコソ及バズトモ  神ガサ  其通リニ御ハカラヒナサレウワサ  我君ノタメニ
神ぞしるらんは。万葉に神ししらさんなどある類にて。しるとは。はからひおこなふをいふ也。たゞ常にいふしるの意のみにあらず。

355   
  鶴亀も  千歳の後は  知らなくに  あかぬ心に  まかせはててむ
遠鏡
  鶴亀ハ千年ノヨハヒヲタモツ物ナレド  ソレモソノ千年ノ後ハドウアルヤラシラヌガ  貴様ハ千年ゴザツテモマダソレデハ十分ニハ存ゼネバ  ソノウヘモマダ存分ニ長ク久シウ御無事デオキマセウ

356   
  万代を  松にぞ君を  祝ひつる  千歳のかげに  住まむと思へば
遠鏡
  君ハ万年ノ御寿命ヲ待ツナレバ  ソノマツト云名ノ松デサ  オイハヒ申シマスル  サウシテソノ千年モアル松ノカゲニ鶴ノスムヤウニワタシモ君ノ千年ノオカゲヲ蒙リテ共ニ長ウ居マセウト存ジマスレバサ
余材に。つるといふ辞に。鶴をもたせたりといへり。まことに下の句のことば。鶴によれりと聞えたり。

余材
  ...まつにそといふに松をかね祝ひつるといふに鶴をもたせたりむかしの歌にかゝる事おほしこれは此時松に鶴の居たるを作りていはへはあはせてよまれ侍ける成へし千年の陰は松によせて父をいひすまんと思へはゝ鶴によせてむすめみつからの事をいつまでも父の陰を頼まん心なり...

357   
  春日野に  若菜つみつつ  万代を  祝ふ心は  神ぞ知るらむ
遠鏡
  御賀ノタメニカウ春日野デ  若菜ヲツミ/\心ノ内デ御寿命ヲ万年マデトオイハヒ申ス心願ノホドハ  御先祖ノ此ノ春日ノ御神ガサ  御納受ナサレテ御守リナサルヽデゴザラウ
しるらんの意上にいへるが如し

358   
  山高み  雲ゐに見ゆる  桜花  心のゆきて  折らぬ日ぞなき
遠鏡
  高イ山デ雲ノアタリニ見エルアノ桜ノ花ガキツウヨイ花ヂヤガ  山ガ高サニドウモアソコヘハエイカネバ  アヽドウゾ一枝折テキタイ物ヂヤト思ウ心ガ  毎日アノ山ヘイテアノ桜ヲヲラヌ日ハサナイ

359   
  めづらしき  声ならなくに  郭公  ここらの年を  あかずもあるかな
遠鏡
  イツノ年モ同ジ声デナケバ  ナニモメヅラシイ声デハナイニ  アノ郭公ハオホクノ年毎年聞テモサテモ/\マア聞アカヌコトカナ
打聞こゝらの説わろし

打聴
  ...こゝらは万葉にこゝらそこらこゝばくそこばくなど云てこゝそことニつに云は物多き事なるを片々のこゝらそこらとのみ云て共に数の多き事となれり巨々等[コヽラ]の字音と思ふは誤也万葉に此所等其所等[コヽラソコラ]と書しもて知べし...

360   
  住の江の  松を秋風  吹くからに  声うちそふる  沖つ白浪
遠鏡
  住ノ江ノ松ヲ秋風ガサアヽトフクトソノマヽドオヽト浪ノ音ヲウチソヘル

361   
  千鳥鳴く  佐保の河霧  立ちぬらし  山の木の葉も  色まさりゆく
遠鏡
  佐保山ノ木ノ葉モ段々色ガマサツテキタ  此トホリナレバ今マデニモウ此ノ佐保川ノ霞ガタツタサウナ
(千秋云。露時雨のみならず。霧にも木の葉は色づく物なる故に。かくよめり。)

362   
  秋くれど  色もかはらぬ  ときは山  よそのもみぢを  風ぞかしける
遠鏡
  秋ニナツテモ木ノ葉ノ色ノカハラヌト云  常盤山ヂヤニヨツテ此山ニハ紅葉ハナイニ  ヨソノ山ノ紅葉ヲ風ガ吹テ来テサ  此ノトキハ山ヘ借スワイ

363   
  白雪の  降りしく時は  み吉野の  山下風に  花ぞ散りける
遠鏡
  此ノ吉野ノアタリヘドコモカモ白イ雪ガフツタ時ニハ  山ノ風デ麓ハ花ガサ散ルワイ

364   
  峰高き  春日の山に  いづる日は  曇る時なく  照らすべらなり
遠鏡
  春日神ノ御末ノ藤原氏ノ中デモ此上ヘモナイ御方ノ姫君ノ御腹ニデキマシナサツタ若君様ナレバ  テウドソノ春日山ノ高ウウチハレテ曇所ノナイヤウニ御行末イツマデモ  クモリナウ天下ヲ御照シアソバスデアラウト存ジラレマス

( 2003/01/18 )   
 
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