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       西大寺のほとりの柳をよめる 僧正遍照  
27   
   浅緑  糸よりかけて  白露を  珠にもぬける  春の柳か
          
     
  • よりかけて ・・・ 撚って掛けて
  詞書にある 「西大寺」とは羅生門の西にあった西寺のこと。遍照は 816生れ、890年没。没年七十五歳。桓武天皇の孫で、勅撰漢詩文集「経国集」(827年)の編纂に携わった良岑安世の子で、出家前の名前は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)。845年従五位下、849年蔵人頭、850年従五位上。 850年に仁明天皇の崩御により三十五歳で出家した。885年に僧正となる。

  
浅緑色の糸をよりかけて、露を白珠のように貫いている春の柳よ、という歌である。 「春の柳」を最後にもってきて、仮想のイメージを優先させているようにも見える。 "春の柳か" の 「か」は詠嘆を表す終助詞である。

  いわゆる「古今伝授」の 「三鳥」では、208番の読人知らずの歌や 306番の忠岑の歌に出てくる 
「いなおほせ鳥」に加えて、この遍照の歌に続く次の二つの歌で詠われている鳥が 「どんな鳥か」ということが問題になっている。

 
28   
   ももちどり   さへづる春は  ものごとに  あらたまれども  我ぞふりゆく
     
29   
   をちこちの  たづきも知らぬ  山なかに  おぼつかなくも  呼子鳥 かな
     
        しかし、「いなおほせ鳥」と「呼子鳥」はともかくとして、「ももちどり」は多くの鳥ということで特に問題はなさそうである。そこで上記の三つの鳥を 「三鳥」というのは実はダミーであって、本当の「三鳥の秘伝」とは、26・27・28番で、「あさみドリ」「ももちドリ」「よぶこドリ」と続くのが面白いね、ということなのではないかと疑ってみたい。

  また、詞書にある「西大寺のほとり」とは 「西大寺の近く」ということで、「ほとり」という言葉は古今和歌集の歌の中では使われていないが、詞書にはよく出てくる。それをまとめてみると次の通り。

 
     
27番    西大寺のほとり  柳  僧正遍照
43番    水のほとり  梅の花  伊勢
44番    (同上)  (同上)  伊勢
95番    北山のほとり  (花のかげ)  素性法師
124番    吉野川のほとり  山吹  紀貫之
260番    もる山のほとり  (下葉)  紀貫之
302番    竜田川のほとり  (もみぢ葉)  坂上是則
304番    池のほとり  もみぢ葉  凡河内躬恒
384番    音羽の山のほとり  人をわかる  紀貫之
410番    (八橋の)川のほとり  かきつばた  在原業平
411番    隅田川のほとり  みやこ鳥  在原業平
418番    (あまの)川のほとり  天の河原  在原業平
845番    池のほとり  花  小野篁
848番    家のほとり  もみぢ  源能有


 
        "糸よりかけて" の 「かく」という言葉が使われている歌の一覧については 483番の歌のページを参照。

 
( 2001/10/10 )   
(改 2004/01/22 )   
 
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