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       題しらず 紀淑人  
1034   
   秋の野に  妻なき鹿の  年をへて  なぞ我が恋の  かひよとぞ鳴く
          
     
  • なぞ ・・・ どうして
  
秋の野に、妻のない鹿が長い間、どうして自分の恋に効果がないのかと 「かいよ」と鳴いている、という歌。最後の駄洒落は微妙だが、全体的に言葉の転がし方が心地よい歌である。

  紀淑人(よしひと)は紀長谷雄(はせお)の次男で紀淑望の弟。909年蔵人、913年従五位下、925年従五位上、生没年不明。古今和歌集に採られている歌はこの誹諧歌のみ。

  "かひよ" が鹿の鳴き声の擬音で、そこに 「効(かい:効果があること)」が掛けられている。この 
「かひ」を使った歌としては、1067番の「山のかひある 今日にやはあらぬ」という躬恒の 「猿」の歌が思い出される。この歌では、"なぞ" という言葉の位置付けがわかりづらく、「なぞ(我が恋のかひよ)とぞ鳴く」なのか、「(なぞ、我が恋のかひよ)とぞ鳴く」なのか、説が分かれている。

  順を追って考えてみると、まず一番元にあるのは 「鹿が−かひよと鳴く」ということである。この 
「かひよ」は、「鳴く」が 「泣く」につながるとすれば、「恋する甲斐がどこにあるのか」という嘆きであると考えられる。よって、「なぞ我が恋の」という部分までを鹿の嘆きと見て、「(なぞ、我が恋のかひよ)とぞ鳴く」という方が自然であると考えられる。 「なぞ」という言葉を使った歌の一覧は 232番の歌のページを参照。次の藤原敏行の誹諧歌も、ホトトギスの声を詠っているという点でこの歌と似ているが、その意図はさらにわかりづらい。

 
1013   
   いくばくの  田をつくればか  郭公  しでの田をさを  朝な朝な呼ぶ
     
        鳥や動物などの声を 「何か言っているように思う」という発想の歌をまとめてみると次の通り。
また、「〜の音に鳴く」という表現を持った歌の一覧については 150番の歌のページを参照。

 
     
 千鳥 345番    八千代とぞ鳴く  読人知らず
 ウグイス 422番    うくひすとのみ 鳥の鳴くらむ  藤原敏行
1011番    ひとくひとくと いとひしもをる  読人知らず
 ウズラ 972番    うづらとなきて 年はへむ  読人知らず
 ホトトギス 1013番    しでの田をさを 朝な朝な呼ぶ  藤原敏行
 コオロギ 1020番    つづりさせてふ きりぎりす鳴く  在原棟梁
 キジ 1033番    ほろろとぞ鳴く  平貞文
 鹿 1034番    かひよとぞ鳴く  紀淑人


 
        「鹿」を詠った歌の一覧は 214番の歌のページを参照。また、「年をへて」という言葉を使った歌の一覧は 596番の歌のページを参照。

 
( 2001/11/29 )   
(改 2004/03/10 )   
 
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