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       あひ知れりける人の身まかりにければよめる 紀貫之  
834   
   夢とこそ  言ふべかりけれ  世の中に  うつつあるものと  思ひけるかな
          
        夢とこそ言うべきでした、世の中に現実のものがあると思っていましたが、という歌で、世の中は夢か現実(うつつ)か、ということであることはわかるが、今一つ抽象的でわかりづらい。

  この歌に言葉を補足する場合、考えられるのは以下のような組み合わせか。
  •  (A)  夢:「世の中の一般」 + うつつ:「世の中にあるもの一部」
  •  (B)  夢:「楽しかった日々」 + うつつ:「楽しかった日々」
  •  (C)  夢:「あなたの死」 + うつつ:「世の中にあるものの一部」
  •  (D)  夢:「あなたの死」 + うつつ:「あなたの死」
  (A)のパターンだと 「あなたが亡くなったことによりわかったのですが、この世のすべては夢とこそ言うべきものでした、それを私は世の中に何か「うつつ」があるものと信じていたのです」という感じか。無難なところだが大味で、死者を悼むという感じがあまりしない。

  (B)のパターンだと 「あなたと一緒にいた日々は夢とこそ言うべきでした、それを私は世の中の 「うつつ」だと思っていたのですが、あなたがいない今となってはこの世のすべてが夢のようです」という感じか。少し冷たい物言いのような気もする。

  (C)のパターンだと 「あなたの死こそ夢と言うべきでした、でもその死が実際に起こってみると、それまで自分は世の中に 「うつつ」があると思い込んでいたことがわかりました」という感じか。ただかなり曲がりくねった内容である。

  (D)のパターンだと 「あなたの死こそ夢と言うべきでした、しかしそれは夢ではありません、それによって私は世の中に 「うつつ」があるものと思い知らされたのでした」という感じで、 "うつつあるものと 思ひけるかな;" の解釈が他のものとかなり変ってくるのでかなり無理があるか。

  この中から選ぶとすると (A) か (B) というところだろうか。なお、「べかりけり」という言葉を使った歌の一覧は 40番の歌のページを、「うつつ」という言葉が使われている歌の一覧については 647番のページを参照。

  哀傷歌における 「夢」と恋歌における 「夢」の対として 「あるもの」つながりで、次の忠岑の歌も一緒に見ておきたい。

 
609   
   命にも  まさりて惜しく  あるもの は   見はてぬ夢 の  さむるなりけり
     
        また、詞書にある 「あひ知れりける人」とは恋人のことに言う場合もあるが、ここでは単に「親しかった人」ということであろう。ちなみに 「あひ知れりける人」という言葉が詞書の中に表れる歌を一覧してみると次の通り。

 
     
78番    あひ知れりける人のまうできて、かへりにけるのちに
 よみて、花にさしてつかはしける
 紀貫之
219番    むかしあひ知りて侍りける人の、秋の野にあひて
 ものがたりしけるついでによめる
 凡河内躬恒
219番    あひ知りて侍りける人の、東の方へまかりけるを送る
 とてよめる
 凡河内躬恒
382番    あひ知れりける人の越の国にまかりて、年へて京に
 まうできて、またかへりける時によめる
 凡河内躬恒
654番    橘の清樹がしのびにあひ知れりける女のもとより
 おこせたりける
 読人知らず
705番    藤原の敏行の朝臣の、業平の朝臣の家なりける女を
 
あひ知りてふみつかはせりけることばに、いままうでく、
 あめの降りけるをなむ見わづらひ侍る、といへりけるを
 聞きて、かの女にかはりてよめりける
 在原業平
735番    人をしのびにあひ知りてあひがたくありければ、その家の
 あたりをまかりありきけるをりに、かりのなくを聞きて
 よみてつかはしける
 大友黒主
780番    仲平の朝臣あひ知りて侍りけるを、かれがたに
 なりにければ、父が大和のかみに侍りけるもとへまかる
 とてよみてつかはしける
 伊勢
789番    心地そこなへりけるころ、あひ知りて侍りける人
 とはで、心地おこたりてのち、とぶらへりければ、
 よみてつかはしける
 兵衛
790番    あひ知れりける人の、やうやくかれがたになりける間に、
 焼けたるちの葉にふみをさしてつかはせりける
 小野小町姉
834番    あひ知れりける人の身まかりにければよめる  紀貫之
835番    あひ知れりける人のみまかりにける時によめる  壬生忠岑
837番    藤原の忠房が昔あひ知りて侍りける人の身まかりにける
 時に、とぶらひにつかはすとてよめる
 閑院
862番    かひの国にあひ知りて侍りける人とぶらはむとてまかり
 けるを、道なかにてにはかにやまひをして、いまいまと
 なりにければ、よみて、京にもてまかりて母に見せよ、
 といひて、人につけ侍りけるうた
 在原滋春
917番    あひ知れりける人の住吉にまうでけるによみて
 つかはしける
 壬生忠岑


 
( 2001/11/28 )   
(改 2004/01/25 )   
 
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