Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十五

       仲平の朝臣あひ知りて侍りけるを、かれがたになりにければ、父が大和のかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける 伊勢  
780   
   三輪の山  いかに待ち見む  年ふとも  たづぬる人も  あらじと思へば
          
     
  • 年ふとも ・・・ 年月が経っても
  詞書の意味は「藤原仲平と親しい間柄になっていたが、その関係が冷めたので、父が大和守をしている任地に行くとして詠んで贈った」歌ということ。歌の内容は、
三輪の山でどのようにして待ちましょうか、何年経っても訪ねてくる人などいないと思うと、ということ。

  藤原仲平(875-945)は 748番に一首の歌が採られている。伊勢の父である藤原継蔭は、885年から890年まで伊勢守、891年から大和守となった。この歌で "三輪の山" と言っているのは、自分が大和へ行くことを指している。三輪山といえば古事記・日本書紀などで大物主の神が蛇に姿を変えて女の元に通うという説話が有名だが、ここでは関係なく、この歌は次の読人知らずの歌を元にしていると言われている。

 
982   
   我が庵は  三輪の山もと   恋しくは  とぶらひきませ  杉たてる門
     
        つまり、この読人知らずの歌が、恋しければ杉を目印にいらっしゃい、と言っているのに対し、たとえそんな杉があろうとも、あなたがいらっしゃることはないでしょう、ということである。 "年ふとも" は
年が過ぎてもの 「過ぎ」を 「杉」に掛けているとも考えられ、イメージとしては 「門」に立ちながら何年も人の訪れを見ることのない自分を想像しているものか。

  あるいは 「三輪山−待つ」ということで、次の万葉集・巻九1684に次のような歌をふまえているとも考えられる。 「ふふむ」とは花がつぼみである状態のこと。 「ふ」の音が微かに "年ふとも" の「ふ」と響き合うような感じもする。 「経(ふ)」という言葉が使われている歌の一覧は 596番の歌のページを参照。

    春山は  散り過ぎぬとも  三輪山は  いまだふふめり  君待ちかてに

  「三輪山」を使った古今和歌集の中の歌としては、94番に「三輪山を しかも隠すか 春霞」という貫之の歌がある。 「あらじ」という言葉を使った歌の一覧は 934番の歌のページを参照。

 
( 2001/12/11 )   
(改 2004/02/09 )   
 
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