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       あひ知れりける人の、やうやくかれがたになりける間に、焼けたるちの葉にふみをさしてつかはせりける 小野小町姉  
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   時すぎて  枯れゆく小野の  あさぢには  今は思ひぞ  絶えずもえける
          
     
  • あさぢ ・・・ イネ科の多年草であるチガヤがまばらにある様子 (浅茅)
  詞書の意味は 「親しい関係だった人が、次第に離れていこうとしていた時に、焼けたチガヤの葉に文を挿しておくった」時の歌ということ。 「ちの葉」は 「茅の葉」でチガヤの葉のこと。

  作者の小野小町姉(おののこまちがあね)については不明。古今和歌集に採られているのはこの一首のみである。 「後撰和歌集」には 「小町が孫(むまご)(巻十八1267)」というものもあり、さらに「後撰和歌集」の伝本によっては 「小町がいとこ(巻十616の行成筆本書入れなど)」「小町がめい(巻十八1267の堀河本)」などもあって、どこか滑稽な感じがする。

  歌の意味は、
親しい時が終わった今、枯れてゆく小野のチガヤが野火で燃えるように、私の胸ではずっと思いが燃えています、ということ。 「枯る−離る」を掛け、「思ひ」の 「ひ」に 「火」を掛けている。どこかイメージが気味悪く、次の伊勢の歌の踏み台になっているようにも思える。

 
791   
   冬枯れの   野辺と我が身を  思ひせば  もえても春を    待たましものを  
     
        「離る(かる)」という言葉を使った歌の一覧は 803番の歌のページを参照。

 
( 2001/12/05 )   
(改 2004/03/05 )   
 
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