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       さくらの花の散りけるをよみける 紀貫之  
82   
   ことならば  咲かずやはあらぬ  桜花  見る我さへに  しづ心なし
          
     
  • ことならば ・・・ 同じことならば
  
どうせ散るなら咲かないでいられなかったのか、見ている私まで心が安まらない、という歌。

 "ことならば" が、「異ならば」ではない点が現代から見ると少しわかりづらいが、次のような歌でも使われている。

 
395   
   ことならば   君とまるべく  匂はなむ  かへすは花の  うきにやはあらぬ
     
1037   
   ことならば   思はずとやは  言ひはてぬ  なぞ世の中の  玉だすきなる
     
        「ことならば」という言葉を使った歌をまとめなおしておくと次の通り。

 
     
82番    ことならば  咲かずやはあらぬ 桜花  紀貫之
395番    ことならば  君とまるべく 匂はなむ  幽仙法師
854番    ことならば  言の葉さへも 消えななむ  紀友則
1037番    ことならば  思はずとやは 言ひはてぬ  読人知らず


 
        また、 "咲かずやはあらぬ" もわかりづらい言い回しである。順を追ってみると次のようになる。
  • 「やは」は、「や(疑問)+は(強調)」で反語を表わす。
  • そこに「あらぬ」という否定がついて、「〜やは・あらぬ」で「〜だろうか(いや、そうではない)+ということはない」と反語の否定になる
  • その反語の否定はつまり「〜ではないだろうか(いや、ある)」ということである
  • その前に「咲く」の否定形で「咲かず」があるので、「咲かない(ことが)+ないだろうか(いや、ある)」となる
  • それは結局、咲かない状態を肯定するものとなる
  そして、その前に 「同じことなら〜して欲しい」という意味の "ことならば" があるので 「同じことなら、咲かないで欲しい」となり、さらに詞書に「散りける」とあるので、「咲かないで」に過去形の味付けをして 「同じことなら、咲かないでいて欲しかった」ということが前半の意味となる。 「やは」を使った歌の一覧については 106番の歌のページを、「さへに」という言葉を使った歌の一覧は 280番の歌のページを参照。

  歌の口調は、53番の業平の「世の中に 絶えて桜の なかりせば」ほど鋭角的ではなく、むしろ優しい感じがする。この優しさのトーンは次の貫之の歌とも共通していて、並べて見ておきたい。

 
49   
   今年より  春知りそむる  桜花  散ると言ふことは    ならはざらなむ  
     
( 2001/11/14 )   
(改 2004/02/17 )   
 
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