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       題しらず 読人知らず  
1032   
   思へども  なほうとまれぬ  春霞  かからぬ山も  あらじと思へば
          
     
  • うとまれぬ ・・・ 嫌だと思う
  
恋しくは思うけれど、それでもなお、嫌だと思ってしまいます、春霞がかからない山がないように、あなたがあちこち、ちょっかいを出していると思うと、という歌。

  春霞が山にかかるということを相手の浮気性に見立てたものだが、その内容は、雑歌上にある 
880番の貫之の「かつ見れば うとくもあるかな」という歌とあまり変わらない。 "かからぬ山も" 以外の句は、すべて古今和歌集の他の歌にあり、部品の寄せ集めのような感じもする歌である。

 
     
373番    思へども 身をしわけねば ・・・  伊香子淳行
147番    郭公 なが鳴く里の あまたあれば なほうとまれぬ・・・  読人知らず
999番    人知れず 思ふ心は 春霞・・・  藤原勝臣
880番    ・・・月影の いたらぬ里も あらじと思へば  紀貫之


 
        「思へども」という言葉を使った歌の一覧は 373番の歌のページを、「あらじ」という言葉を使った歌の一覧は 934番の歌のページを参照。また、「春霞の奥にあるもの」を詠うような前半の感じは、次の貫之の歌を思い出させる。

 
58   
   誰しかも  とめて折りつる  春霞    立ち隠すらむ    山の桜を  
     
        ただ、それだけではあまり面白味が感じられず、やはり言葉遣いの平凡さが目立つばかりである。目を驚かすような歌ばかりがよいとは限らないが、この歌と比べると、次の冬歌にある読人知らずの歌は 「春霞」という言葉の入れ方に意外性があって面白い。

 
333   
   消ぬがうへに  またも降りしけ  春霞   立ちなばみ雪  まれにこそ見め
     
        「春霞」を詠った歌の一覧は 210番の歌のページを参照。

  古今和歌集の配列から言えば、一つ前の 1031番の藤原興風の歌の次に置いて、「つねる」感じを出しているものとも考えられる。

 
( 2001/11/26 )   
(改 2004/03/09 )   
 
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