Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十三

       題しらず 御春有輔  
629   
   あやなくて  まだきなき名の  竜田川  渡らでやまむ  ものならなくに
          
     
  • あやなくて ・・・ 何の根拠もなしに
  • まだき ・・・ 早くも
  • なき名 ・・・ 事実でない恋の噂
  御春有輔(みはるのありすけ)は生没年不詳、902年左衛門権少志、912年権少尉。古今和歌集には他に 853番の「君が植ゑし ひとむら薄」という一首がとられている。

  
何の根拠もなしに早くも 「なき名」が広まった、だからといって渡らずに止めるものでもないけれど、という歌。 「なき名」が立つということから 「竜田川」、それに合わせて 「川を渡る」ということで相手と逢うということを言っているのはわかるが、 "渡らでやまむ" という部分がわかりづらい。

  「渡らずじっとしていれば−なき名が−止む」のか、「自分が渡らずに止める」ということなのか。 「やま+む」で 「やま」は四段活用の「止む」の未然形だが、「止む」には 「止まる」という意味と 「止める」という意味があるので文法上では判断できない。一般的には 「自分が渡らずに止める」という意味とされ、それに "ものならなくに" がついて 「自分が渡らずに止めるものではないよ」という決意のニュアンスと解釈されている。この場合、「なくに」は文末/区切りにあって否定の詠嘆を表すものである。 「〜なくに」という言葉を使った歌の一覧は 19番の歌のページを参照。

  「なき名」が止む、ということだとすると、「なくに」 を順接で見て 「渡らなくとも止むものではないのだから(渡るとしよう)」と見る必要がありそうだが、それ以前に 「竜田川」で 「立つ名」に対して 「止む」という対比は不自然か。 「竜田川」の歌の一覧については 302番の歌のページを参照。

  古今和歌集の配列の順でいえば、この歌は一つ前の次の忠岑の歌と 「川+なき名」でつながっており、「なき名」の歌としては、 810番の歌が恋歌五にある以外は四首がここに集められている。

 
628   
   陸奥に  ありと言ふなる  名取川    なき名 とりては  くるしかりけり
     
630   
   人はいさ  我は なき名 の  惜しければ  昔も今も  知らずとを言はむ
     
631   
   こりずまに  またも なき名 は  立ちぬべし  人にくからぬ  世にしすまへば
     
810   
   人知れず  絶えなましかば  わびつつも なき名 ぞとだに  言はましものを
     
        これをまとめ直しておくと次の通り。

 
     
628番    なき名とりては  くるしかりけり  壬生忠岑
629番    まだきなき名  竜田川  御春有輔
630番    我はなき名  惜しければ  在原元方
631番    またもなき名  立ちぬべし  読人知らず
810番    なき名ぞとだに  言はましものを  伊勢


 
        また、この有輔(ありすけ)の歌が 「竜田川」を渡るというものであるのに対して、次の藤原兼輔(かねすけ)の歌は 「音羽川」を渡るという歌になっている。

 
749   
   よそにのみ  聞かましものを  音羽川  渡るとなしに   見なれそめけむ
     
        「まだき」名が立つという歌としては、読人知らずの次の歌がこの歌の二つ前に置かれている。

 
627   
   かねてより  風に先立つ  浪なれや  あふことなきに  まだき立つらむ  
     
        「まだき」という言葉を使った歌の一覧は 763番の歌のページを、「あやなし」という言葉を使った歌の一覧については 477番の歌のページを参照。

 
( 2001/10/24 )   
(改 2004/02/26 )   
 
前歌    戻る    次歌