Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十二

       題しらず 凡河内躬恒  
580   
   秋霧の  晴るる時なき  心には  たちゐの空も  思ほえなくに
          
     
  • たちゐ ・・・ 立ったり座ったりすること (立ち居)
  • 思ほえなくに ・・・ 思いが及ばないことだ (思ほゆ)
  
恋に鬱々として、秋霧のように晴れることのない私の心にとっては、立ったり座ったりするようなことでもぼんやりしてままならないことだ、という歌。

  「秋霧」の縁語として 「空」を出しているが、この 「空」は万葉集・巻四534の歌に見られる 「思ふそら 安けなくに(思空 安莫国)」の 「空」で、「気持ち・心持ち」自体ということであり、「ぼんやりとした」というニュアンスは、その後の "思ほえなくに" という言葉の中にあるように見える。

  "思ほえなくに" は 「思ほえ+なくに」で 「思ほゆ」は 「自然と思われる・思いつく」ということ。同じ 「思ほえなくに」という言葉で結んでいる歌としては、729番に貫之の「色もなき 心を人に 染めしより」という歌がある。 「思ほゆ」という言葉を使った歌の一覧は 33番の歌のページを参照。また、この 「なくに」は文末/区切りにあって詠嘆の意味を込めた否定を表す。 「〜なくに」という言葉を使った歌の一覧は 19番の歌のページを参照。

  似たような雰囲気の歌としては、雑歌下に 935番の読人知らずの「雁の来る 峰の朝霧 晴れずのみ」という歌がある。 「秋霧」を詠った歌の一覧は 210番の歌のページを、恋歌の中で 「空」という言葉を使っている歌の一覧は 481番の歌のページを参照。

 
( 2001/11/21 )   
(改 2004/02/26 )   
 
前歌    戻る    次歌