| 朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける | 壬生忠岑 | |||
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| ただ一人で物憂く眺めているぐらいなら、このオミナエシを連れ去って、自分の家に植えて見ようものを、という歌。 眺めている状態は疎遠であることを示し、宿に植えて見る、ということはそれを連れて帰って一緒に過したい、ということを表す。まるで誘拐犯のような発想だが、一応 "見ましを" の反実仮想の助動詞「まし」に、そんなことはできないけれどね、という気持ちを見ておく。 次の藤原敏行の、野原で野宿をしようか、と言っている歌と合わせて見たい。 |
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| 「〜ましを」という言葉を使った歌には次のようなものがある。その他のかたちで 「まし」を使っている歌については 46番の歌のページを参照。 |
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| また、「ながむ」という言葉を使った歌の一覧については 113番の歌のページを参照。 |
| ( 2001/07/15 ) (改 2004/02/26 ) |
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