Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十八

       家を売りてよめる 伊勢  
990   
   飛鳥川  淵にもあらぬ  我が宿も  瀬にかはりゆく  ものにぞありける
          
        飛鳥川の淵でもない我が家も 「せ(銭)」に変って行くものだったのですね、という歌。詞書に 「家を売った時に詠んだ」歌とあるので、一般的には、次の読人知らずの歌をベースとして、 「瀬」に「銭(せん)」を掛けて、浮世の移り変わりを詠んだものと解釈されている。

 
933   
   世の中は  何か常なる  飛鳥川   昨日の淵ぞ  今日は瀬になる
     
        「瀬(せ)」と 「銭(せん)」では合わないようだが、「古今和歌集全評釈(下)」 (1998 片桐洋一  
講談社 ISBN4-06-208753-7)
 では、「せ」は 「銭(せん)」の 「ん」を無表記にしたものと説明されている。  「〜にぞありける」という表現を使った歌の一覧は 204番の歌のページを参照。

  伊勢はその父である藤原継蔭が 885年〜890年まで伊勢守であったことからそう呼ばれているのだが、藤原継蔭は 891年から大和守となり、そこに伊勢が身を寄せる時の歌として次の歌がある。

 
780   
   三輪の山  いかに待ち見む  年ふとも  たづぬる人も  あらじと思へば
     
        この 「売家」の歌で飛鳥川が使われているのは、上記の通り 「瀬にかはりゆく」からの発想であり、具体的にその家の場所を示しているものではないだろうが、飛鳥川も同じ大和なので、父の死に際してかつて住んだ大和の家を処分するにあたり、懐かしさをこめて詠んだ歌と見てみたいような気もする。 「淵」と 「瀬」をペアで使っている歌の一覧は 493番の歌のページを参照。

 
( 2001/07/05 )   
(改 2004/03/10 )   
 
前歌    戻る    次歌