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       秋の歌合せしける時によめる 紀淑望  
251   
   紅葉せぬ  ときはの山は  吹く風の  音にや秋を  聞き渡るらむ
          
        紀淑望(よしもち)は生年不詳、没年919年。紀長谷雄の子で、1034番に歌のある淑人(よしひと)の兄。896年文章生、906年従五位下、912年従五位上。古今和歌集に採られているのはこの一首のみであるが、真名序は淑望の作であるとされている。

  「ときは山」は現在の京都府右京区御室双岡町の雙ヶ岡(ならびがおか)あたりのことだと言われる。
紅葉しない、常緑という名の 「ときは山」は風の音に秋を聞き続けるのだろうか、という歌であるが、 "聞き渡るらむ" の 「渡る」(〜し続ける)という感じが把握しづらい。次の貫之の歌と並べてみると 「音」は 「噂」ともとれるので、「秋を実感できずに、ただ噂でばかり聞かされ続けるのだろうか」というニュアンスであると考えられる。 「音に聞く」という表現を持った歌の一覧については 470番の歌のページを参照。

 
588   
   越えぬ間は  吉野の山の  桜花  人づてにのみ  聞き渡るかな  
     
        "ときはの山は" という部分は山を擬人化したものであろうが、「ときは山にいる人は」と見ても大した違いはないだろう。ざっと読むと 「風で秋を知る」ということで、169番の藤原敏行の「風の音にぞ おどろかれぬる」という歌と似ているように思われるが、よく読むと仕立てが異なっている。敏行の方がサラッとした初秋のスタイルであるのに対し、この淑望の方は色の濃い少し厚めの布地を使った中秋用という感じである。また、 "紅葉せぬ" と否定形で出して、逆にそれをイメージさせるというのは古今和歌集の中の歌によく見られるパターンである。 「吹く風」を詠った歌の一覧については
99番の歌のページを参照。 この歌から本格的に「秋のもみじ」の歌群が始まる。

 
( 2001/09/28 )   
(改 2004/02/24 )   
 
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