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       春の夜、梅の花をよめる 凡河内躬恒  
41   
   春の夜の  闇はあやなし  梅の花  色こそ見えね  香やは隠るる
          
     
  • あやなし ・・・ 理屈がつかない、筋道が通らない
  
春の夜の闇は何を隠しているのだかよくわからない、梅の花は色こそ見えないが、その香は隠れることがあるだろうか、という歌。ここでの 「やは」は反語を表している。 「こそ」と 「やは」を組み合して使っている歌には次のようなものがある。 「やは」を使ったすべての歌の一覧は 106番の歌のページを参照。

 
     
41番    色こそ見えね  香やは隠るる  凡河内躬恒
722番    淵やは騒ぐ  浅き瀬にこそ あだ浪はたて  素性法師
786番    なれば身にこそ  かけてのみやは 恋ひむと思ひし  景式王


 
        また、この歌は 39番の貫之の「梅の花 匂ふ春べは くらぶ山」の歌と次の躬恒自身の歌に続けて置かれており、これら三つはいずれも夜の梅の香りを詠っている。

 
40   
   月夜には   それとも見えず  梅の花    香 をたづねてぞ  知るべかりける
     
        しかし、この二つの躬恒の歌を比べてみると、片方は月の光に紛れて白い梅の花が見えないと言い、もう一方は闇が隠して見えないと言っている。これに貫之の 「くらぶ山」を加えれば、闇→月→闇という配置になっている。月光と梅の花というのは幻想的であるが、それが再び闇に沈むことで、梅の香がさらに強調される効果を演出しているようにも見える。道具立ては 「くらぶ山」→「月夜」→「春の夜」とシンプルな方向に向かっている。

  "あやなし" という言葉が持つ艶っぽさは、本来は 「春の夜の闇」に掛かっているが、それは同時に見えない梅の花の 「色」や、闇で隠し切れないその 「香」にまで波及している。歌の着想としては "春の夜の 闇はあやなし" というフレーズが浮かんだ時点で、全体のほとんどが決まったと言ってよいだろう。

  また、この歌のメインは「梅の香」であるが、「あやなき闇」も大切な背景である。 「あやなし」という言葉を使った歌の一覧は 477番の歌のページを、「闇」という言葉を使った歌の一覧は 39番の歌のページを参照。

 
( 2001/08/10 )   
(改 2004/02/10 )   
 
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