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       題しらず 読人知らず  
764   
   山の井の  浅き心も  思はぬに  影ばかりのみ  人の見ゆらむ
          
     
  • 山の井 ・・・ 山の井戸・水汲み場
  
私は山の井戸のように浅い心で思うわけでもないのに、あなたはいらっしゃらず、ただ影ばかりが見えるようです、という歌。 404番の貫之の歌と同じく、次の 「安積山」の歌をベースにしている。

    安積山  かげさへ見ゆる  山の井の  浅くは人を  思ふものかは

  「安積山」の歌が 「影が見える」ということを 「浅い」の修飾に使っているのに対して、この歌では 「浅くないのに−影だけしか見えないようだ」とひねっているわけである。 "人の見ゆらむ" の 
「見ゆ」は下二段活用の動詞「見ゆ」(=見える・目に映る)の終止形。 「影ばかりのみ見ゆ」というこの歌は、731番の「かげろふの それかあらぬか」という歌を思い出させる。

  安積つながりということでは、次のような歌もある。

 
677   
   陸奥の 安積 の沼の  花かつみ  かつ見る人に  恋ひや渡らむ
     

( 2001/05/03 )   
(改 2004/01/18 )   
 
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