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       竜門にまうでて滝のもとにてよめる 伊勢  
926   
   たちぬはぬ  衣着し人も  なきものを  なに山姫の  布さらすらむ
          
     
  • たちぬはぬ ・・・ 裁って縫わない (裁ち縫はぬ)
  
無縫の衣を着る人もいないのに、どうしてこのように山姫は布をさらしているのだろう、という歌。

  詞書にある 「竜門にまうでて」とは、現在の奈良県吉野郡にある竜門岳の南にあった竜門寺に参詣したということ。伊勢が大和に行っている頃の歌とされる。現在はその寺跡が残っているだけだが、竜門寺は 「竜門の滝」を中心とした造りで、三仙人(大伴仙・安曇仙・久米仙)が修行したといわれていて、仙人の衣は無縫ということが、この歌のベースにある。 「伊勢集」にはこの歌について次のような文がついている。

 
     
  大和に三月ばかりありけるに、竜門といふ寺にまうでたりけり。正月十一日ばかりなりけり。この寺のさまは、雲の中より滝は落つるやうに見ゆ。山の人の家といふは、いたう年経て、岩の上の苔八重むしたり。
  見知らぬ心地に、いとかなしう物のみあはれにおぼえて、涙は滝におとらず。橋のもとにしばしあるに、いと暗うなりぬ。 「雨や降らむとすらむ」と供なる人といふ。法師ばら 「雪ぞ降らむ」といふほどに、いみじう大きなる雪かきくらし降れば、人々「歌詠まむ」といふに、このまうでたる人
    ・・・(歌)・・・
  と詠みたりければ、さらにこと人詠まずなりにけり。


 
        歌物語風なのでこれが実際の話とは思えないが、かなり近いものではあるだろう。歌に関係のない雪を持ち出している点などは叙述的な感じが出ている。また、「さらにこと人詠まずなりにけり」(=歌が優れていたので後に続いて他に詠む人がいなくなった)というパターンは、923番の業平の歌を採った伊勢物語の第八十七段の「この歌にめでゝやみにけり」という部分と感じが少し似ている。 "たちぬはぬ" という出だしが特徴的であり、「ぬはぬ(縫はぬ)」の 「ぬ」の繰り返しと "衣着し人も" の「き」の繰り返しが細かいリズムを刻み、「衣」と 「布」とのつながりもきれいである。

  この歌の一つ前には神退法師の 「滝の糸を集めて衣にして着たい」という次の歌があり、それと並べて見るとこの伊勢の歌は、いったん 「なめらかな滝の流れ−布−仙人の無縫の衣」と発想をつなげた後で、それを "なきものを" と引っくり返して見せ、さらに後半の 「山姫の布」でもう一度見どころを作るという上手さが感じられる。

 
925   
    清滝の  瀬ぜの白糸  くりためて   山わけごろも  織りて着ましを  
     

( 2001/11/19 )   
(改 2004/02/04 )   
 
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