Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十四

       題しらず 紀貫之  
734   
   いにしへに  なほ立ち返る  心かな  恋しきことに  もの忘れせで
          
     
  • いにしへ ・・・ 昔 (往にし方)
  
戻れないとはわかっていても、それでもなお、昔に立ち返ってしまうこの心あることか、恋しいかったことには物忘れもしないで、という歌。今となっては辛い関係だが、楽しかったことのことはいつまでも憶えているという歌である。 "なほ" という言葉が効いている。

  古今和歌集で 「立ち返る」という言葉が使われている他の五首(一覧については 120番の歌のページを参照)では、「立ち返る」はすべて 「波」と関連づけられているが、この歌では 「波」は出てこない。その代わり、古今和歌集の配列で見ると、一つ前の 733番の伊勢の歌に「わたつみと 荒れにし床を 今さらに」とあり、そこの 「海」から浪のイメージを渡されているようにも思える。

  波が 「立ち返る」ということは「繰り返す」ということだが、「立ち返る」には 「引き返す」という意味もある。それからすれば、この歌は、外出の時などに 「物忘れをして−引き返す」というのの逆をとって 「物忘れをせず−引き返す」と言っているようにも見えて面白い。

 
( 2001/11/08 )   
(改 2004/03/07 )   
 
前歌    戻る    次歌