Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻三

       音羽山を越えける時にほととぎすの鳴くを聞きてよめる 紀友則  
142   
   音羽山  今朝越えくれば  郭公  梢はるかに  今ぞ鳴くなる
          
        今朝、音羽山を越えた時に、ちょうど梢の高みでホトトギスが鳴いた、という歌。

  "今朝越えくれば" という自分の動きと、 "今ぞ鳴くなる" というホトトギスの動作を対比させ、その二つの間に "梢はるかに" と置いて縦の距離感を出している。山でホトトギスの声を聞くだけならば当たり前のことだが、それを "今ぞ鳴くなる" とすることにより、「わざわざホトトギスの声を聞きにきたわけではないけれど、おや、今年はじめて聞いた」という雰囲気を出している。 「鳴くなる」という言葉を使った歌の一覧は 1071番の歌のページを参照。

  この歌は友則の歌だが、384番の「音羽山  こだかく鳴きて  郭公」という歌や上記の579番の歌、さらに次の秋の音羽山の歌など、似たような言葉を使った貫之の歌に包囲されているので、相対的に友則の影が薄くなっている感じもする。

 
256   
   秋風の  吹きにし日より  音羽山    峰の梢も   色づきにけり
     
        また、この歌の場合、出だしが 「音羽山」ではなく、579番の貫之の歌のように 「五月山 梢を高み」であると、説明的すぎて歌がくどくなってしまう。

 
( 2001/12/05 )   
(改 2004/02/20 )   
 
前歌    戻る    次歌