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       題しらず 読人知らず  
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   忘れなむ  我をうらむな  郭公  人の秋には  あはむともせず
          
        二人の間のことは忘れてしまいましょう、それでも恨まないでください、夏の間しきりに鳴くホトトギスも、人の「秋」にはあおうともしないのですから、という歌だが、わかりづらい。

  まず、この歌をざっと見ると、「忘れてしまおう−私を恨むな−ホトトギスよ−お前は人の秋にはあわずに帰るのだから」というように、ホトトギスに呼びかけている歌のように見える。だが恋歌としてはどうか。ホトトギスを相手のことを指しているものとすると、相手が 「飽き」にあわずに帰るのを帰る、だから 「恨むな」というのは筋が通らない感じがする。

  まず、わかりやすいところから考えてみると、
  • 「我をうらむな」とは相手に対して言っている
  • 「人の秋には あはむとも」しないのは 「郭公」である
  • それは 「郭公」が秋には山へ帰ることを指している
  • 「秋」には 「飽き」が掛けられている
ということは問題ないと思われる。逆にわからない点は、
  • 「忘れなむ」で切れるのか、「(忘れなむ我を)うらむな」なのか
  • 「郭公」は呼びかけなのか
  • 「郭公」は序詞なのか
  • 「あはむともせず」は、「うらむな」に掛かるのか
ということである。

「忘れなむ」について

  まず 「忘れなむ」を考えてみると、これは 「忘れ+な+む」で 「忘る」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「む」というかたちである。最後の推量の助動詞「む」は終止形も連体形も同じ 「む」なので、文法上からはそれが言い切りなのか、続く 「我」に掛かるのかは判断できない。また 「なむ」の意味は、「〜してしまおう」ということで、「私が忘れてしまおう」ということになる。この場合、「私が忘れてしまおう+私を恨むな」でも 「忘れてしまう私をうらむな」でも意味的にはさしてかわらないので、「む」が終止形か連体形かということは特に問題がないと思われる。

  ただし、
「古今和歌集全評釈(下)」 (1998 片桐洋一  講談社 ISBN4-06-208753-7) のように、「忘れなむ」を 「忘る」の未然形+願望の終助詞「なむ」と見て、「あなたが忘れて欲しい」と見る説もある。この場合、「忘れてくれ+うらむな」という二つの要求のたたみかけという感じになる。

  どちらをとるかということは、後続の内容をどうとるかに依存する。

「郭公」について

  普通に読むとこの 「郭公」は呼びかけのように見えるが、上でも述べた通りそれだと、どうも意味がよくわからなくなる。そこで次に考えられるのが、それに続くものを導くための序詞ではないか、ということだが、「秋にかえる」ということだけならまだしも、ここでは "人の秋には" となっているので、一般的な序詞とも考えずらい。 "人の秋には あはむともせず" という言い方を考えると、これは、夏は騒ぐが 「秋−飽き」になると会おうともしない、つまり「恋の盛りには活発に動くが、飽きてくると 「私に」逢おうともしない」ということを言っているようである。そこから逆算すると 「郭公」が指しているのは 「あなた」ということになる。

  以上から考えると、この歌は自分に飽きがきて逢おうともしない相手に対して、自分はもう忘れようと思います、それはあなたがそんな態度だからであって、決して私に非があると恨まないように、ということであると思われる。

  ちなみにこの歌は 「兼輔集」に贈答歌として載っており、次のような返しがついている。

    忘れなば  誰かは人を  うらむべき  うきに遅れて  知るは我かは

  
「古今和歌集全評釈(下)」 (1998 片桐洋一  講談社 ISBN4-06-208753-7) によれば、元の歌が女のもので、返しが藤原兼輔のものとしている本と、元の歌が 「女に」とした兼輔のもので、返しが女のものとしている本の二種類があるということである。古今和歌集がこの 「郭公」の歌を読人知らずとしていることに沿えば、返しの方が兼輔のものということになる。この返しの歌の内容もわかりずらく、「かは」が二回繰り返されており、あまり姿がよい歌ではないが、「あき」に対して 「うき(憂き)」と返している点には興味を引かれる。 「忘れるというのならば、誰があなたを恨んだりするでしょう、物憂さのために遅れて、後から恨みを知るのは私ではなく、あなたですよ」ということか。

  古今和歌集に 「読人知らず」とあって、「兼輔集」に載っている歌としては 844番の「あしひきの 山辺に今は 墨染めの」という歌もある。

 
( 2001/12/04 )   
(改 2004/01/26 )   
 
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