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       題しらず 読人知らず  
139   
   五月待つ  花橘の  香をかげば  昔の人の  袖の香ぞする
          
        五月を待つ花橘の香をかぐと、昔の人の袖の香りがする、という歌。伊勢物語の第六十段でも有名な歌なので、軽く読み流してしまいがちだが、「花橘」というメインの言葉の前の "五月待つ" の押さえが効果的な歌である。

  「香」という言葉が二度歌の中に出てくるが、はじめの 「香」は花の香りであり、"袖の香" の 
「香」は橘の実の香りと考えることもできる。自分と同じく "五月待つ" と未来の方向に向かっている橘の花が、その香りにより、ふと "昔の人" という過去へ自分を引き戻す。日差しが強くなり始める初夏の光は「前」を指すが、それによってできる影の中には 「後ろ」があり、それを香りと共に橘の木に思う歌として見たい。そう考えると、時期を表すという点では同じだが、二つ前の次の歌の 
"五月待つ" よりも、言葉に込められている意味が深いような気もする。

 
137   
   五月待つ   山郭公  うちはぶき  今も鳴かなむ  去年のふる声
     
        また、「ホトトギス−花橘」というペアを別々に "五月待つ" をかぶせた歌として先に出してから、後で次のように合わせるというのは、古今和歌集の配列による一つの演出であろう。

 
141   
   今朝き鳴き  いまだ旅なる  郭公    花橘に   宿はからなむ
     

( 2001/10/22 )   
(改 2004/03/11 )   
 
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